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お金のお話

日常生活ではタブーになりがちなお金の話を、堂々とむしろ積極的に語るブログです。

被災地の支援とは現実的に役に立てるような方法や手段を選ぶべきだ

地震のような災害がどこかで起きた時に、自分も支援したい・役に立ちたいと思う人も多いだろう。それ自体はとてもいいことだ。だが、その気持ちだけが先行して、よく調べずに行動することによって、実際はなんの役にも立たないどころか、迷惑をかけてしまうこともある。

たとえば、着の身着のまま被災地に乗り込むというのを考えよう。その時には現地で、泊まる場所が確保できないかもしれない、お金があっても食料や水が調達できないかもしれない、トイレで用を足すことが容易にできないかもしれない。そういうリスクを考慮せずにいくと、逆に支援されなければならない人が単に増えるということになりかねない。

あるいは物資を送ることを考えよう。その時に、家のいらないものをダンボールに詰め込んで被災地に送り込むというのはどうだろうか。そんなダンボールが被災地にガンガン送りつけられると、彼らはそれを仕分けしなければならなくなる。それはとても負担のかかることだ。ただ手間を増やすだけならまだいいが、被災地に十分にあるものが余計に届けられ、必要なものが全然足りないとなれば、現地の人たちにとっては単なる徒労となるかもしれない。

いくらそれが善意であっても、実際に役に立たなければ意味はないし、逆効果であれば単に迷惑行為なのだ。それをする人間がいかに美しい心で行ったとしても、それが愚かな行為であれば人を不幸にすることもあるというのに注意すべきであろう。マキャベリの言うように、地獄とは常に善意で舗装されているのだ。

僕が重要だと思っているのは、被災地の状況を知っている人または被災経験のある人はその情報発信をすること、支援したい人はその情報に基づき自分のやりたいことではなく求められていることするように努力することが重要だと思う。迷惑になるくらいなら何もしない方がマシということも往々にしてあるのだ。

僕はこういうときにはお金を寄付することにしてる。何かを買っておくるのに比べ、無駄になることはないだろう。気持ちがこもってないと批判されても別にいいし、感謝されなくても別にいい。誕生日プレゼントを買うわけではないのだ。僕のように不器用な人間にとっては、実際に被災地の人に役立ち、迷惑をかけないことこそが重要なのだ。